発達特性をめぐる職場の申し立てが増える英国から学ぶ備え
ニュースの概要
英国の法律事務所Lindsaysは、自閉症やADHDなど発達特性に関わる職場の苦情や雇用審判が増えているとして、企業に対応の見直しを呼びかけました。診断を受ける人が増え、社会の理解も広がったことで、働く人が自分の困りごとを言葉にしやすくなっています。その結果、差別的な扱い、必要な調整をしなかったこと、そして不公正な解雇をめぐる申し立てが目立つようになりました。英国の平等法では、条件を満たす発達特性は障害として保護されます。雇用主は、その人が不利にならないよう合理的な範囲で職場を調整する義務を負います。記事は、この義務を後回しにすると紛争に発展しやすいと指摘しています。
引用元: ニューロダイバーシティ関連の雇用紛争が増加、企業に合理的配慮の徹底を要請(Lindsays)
分析・見解
紛争が増えた理由は、特性の増加ではなく見えやすさにある
今回の動きを「発達特性のある人が急に増えた」と読むのは正確ではありません。変わったのは、診断を受けられる機会と、声を上げやすい空気です。大人になってから診断を受ける人は各国で増えており、英国でも成人の診断待ちが社会問題として報じられてきました。診断名を得た人は、職場に配慮を求める根拠を手にします。これまで我慢していた困りごとが、正式な申し立てとして表に出てきたと見るのが自然です。
つまり紛争の増加は、問題が新しく生まれたというより、見えなかったものが見えるようになった結果です。企業側が「以前は問題なかった」と感じていても、本人が黙って耐えていただけの可能性があります。
争点は悪意の差別より、配慮をしなかった事実に移っている
雇用審判で問われやすいのは、上司の悪意ではありません。本人が不利になると分かっていたか、分かるべきだったのに、手を打たなかったかどうかです。たとえば、口頭指示だけでは内容を保てない社員に、文書での指示を求められたのに応じなかった場合を考えます。担当者に悪気がなくても、調整を怠った事実が残ります。
ここで見落とされがちなのが、記録の有無です。配慮を検討した経緯が書面に残っていれば、結果として希望どおりにならなくても、誠実に対応した証拠になります。逆に、話し合いの跡がなければ、企業は不利になります。
不公正解雇は、評価の仕組みが特性に合っていないときに起きる
申し立ての中でも重いのが、不公正解雇です。成果が出ないという理由で改善計画に載せた社員が、実は環境の不一致で力を出せていなかった、という構図がよくあります。騒がしい open な席、突然の席替え、曖昧な指示、雑談中心の評価面談などは、特性によっては大きな負担になります。
日本でも事情は近づいています。2024年4月に改正障害者差別解消法が施行され、民間企業にも合理的配慮の提供が義務となりました。英国のように審判の件数が表に出る仕組みは日本では弱いものの、労働局の相談や社内通報という形で、同じ種類の摩擦が静かに積み上がっていると考えるべきです。
今後は、診断の有無に頼らない運用が主流になる
診断書がなければ配慮しない、という運用は長続きしません。診断を受けられない人や、受けたくない人もいるからです。英国でも、診断名よりも、実際に日常の業務でどんな不利があるかを重く見る流れがあります。今後は、特性の名前ではなく、困りごとの中身から調整を決める方式が標準になっていくでしょう。
ビジネスへの影響
まず窓口と記録の型を決めると、紛争の芽を早く摘める
最初の一歩は、配慮の相談先を一つに決めることです。直属の上司だけに任せると、対応にばらつきが出ます。人事に相談窓口を置き、相談日、困りごと、検討した選択肢、決定内容を同じ様式で残します。結果が「できない」でも構いません。代わりの案を示した記録があれば、誠実に向き合った証拠になります。
低コストの調整から先に用意し、評価の物差しも見直す
費用がかかる大がかりな改修は不要です。指示を文書やチャットで残す、会議の議題を事前に送る、静かな席や耳栓を認める、締め切りを細かく区切る。こうした調整は、多くの場合ほぼ無料です。しかも、特性の有無に関係なく、全員の生産性を上げます。
あわせて、評価の物差しも点検してください。雑談の多さや即答の速さを高く評価していると、特性のある人は構造的に不利になります。成果物の質や正確さなど、仕事の中身に近い指標へ寄せるのが安全です。
管理職研修は「特性の知識」より「対話の手順」に絞る
研修では、障害の種類を細かく教えるより、困りごとの聞き方を練習するほうが効果的です。何に困っているか、何があれば楽になるか、試した結果どうだったか、という三つの問いを繰り返す手順を、ロールプレイで身につけます。解雇や降格を検討する前には、必ず配慮の履歴を確認する関門を設けてください。この一手間が、不公正解雇の申し立てを避ける最も現実的な防波堤になります。